社長の素顔

NHK「おーい、ニッポン」で社長(当時副社長)が“千葉県の歌”代表に合格!

秋元 康プロデュース『落花生のうた』が全国放映、CDも好評発売中

〜「大都会」を熱唱し、オーディション通過〜

2000年1月、当社社長(当時副社長)芦澤 直太郎が NHKテレビで歌を披露しました。これは、一つの県を取り上げてその魅力を一日かけて紹介する衛星第2テレビの番組「おーい、ニッポン」の千葉県特集で、作詞家 秋元 康さんプロデュースの"千葉県の歌"を県民代表が唄う企画です。 前年「NHKのど自慢」に出場した芦澤が、今度は学生時代の友人 菅原 道郎氏と組んでクリスタルキングの「大都会」でオーディションに挑みました。6百組近い応募者から書類選考と1次審査を経て選ばれた、23組による最終審査が99年12月に開催され、二人は秘密の特訓で鍛えたみごとなハーモニーを披露。 審査員長の秋元さんのコメント「最初はお笑いかと思ったが、声がきれい。オジさんのKiroroだ。」で会場は爆笑に包まれました。その言葉通りに持ち味が評価され"典型的な千葉のお父さん"として代表の座をつかみました。 NHK取材班は当社でも録画取りを行い、外が暗い早朝6時前から集合して朝日を浴びて唄う二人の練習風景や、当社が誇る微粉砕機、そして「のど自慢」共演の古川までが、番組で登場しました。

〜『落花生のうた』幕張メッセで熱唱、
Jリーグ公式戦にも出場!〜

オーディションでは芦澤らと共に、 沼南町に住む"千葉のお母さん"4人組(渡来 由美子・岩崎 明惠美・崎山 弘美・川中子 増美さん)も合格し、新ユニット『ばんじィ。』が結成されました。 "千葉県の歌"はこの6人のためにオリジナルで作詞作曲され、題名は県の名産から『落花生のうた』に決定。見た目は地味でも栄養たっぷりの落花生と、首都東京をしっかりと支える実力派の千葉をからめ、軽快なメロディーと息の合ったコーラスで楽しい曲に仕上がりました。 2000年1月30日の番組は、高層ビル街を展望する千葉市幕張メッセの特設ステージからの全国生放送。歌に加えて、6人の衣装とダンスにも注目が集まりました。その後も4月のサッカーJリーグ柏レイソル戦の開会式や5月のNHK総合テレビなどに次々と出演し、10月からはNHK-FM千葉放送局の番組テーマ曲にも採用されました。 この歌はCDにレコーディングされて日本コロムビアから発売されています。お求めは、店頭でCD番号COCA-50512にてご注文頂くか、当社総務部へメールかお電話でご用命下さい。

『NHKのど自慢』で社長(当時副社長)と社員が共演!

『何も言えなくて…夏』は惜しくもカネ2つ、でも会話が大ウケ

〜"お盆休みに作業着&ヘルメット姿"で予選通過〜

99年夏、千葉市から生放送の『NHKのど自慢』(キンコンカンコンでおなじみの超長寿番組)に、 当社副社長(現社長)芦澤 直太郎とサービス営業部 古川 信行が出場を果たしました。 放送は8月15日(日)世間はお盆休みでも、古川は運転の止まったお得意様の機械のメンテナンスで朝から晩まで大忙し。 そんな彼に副社長が命じたもう一つの任務は、「一緒にのど自慢に出てくれ!」 のどには自信のある古川、うっかり応じたため後が大変。一日の作業を終えて会社にたどり着くと、今度は深夜まで歌の猛練習。 その甲斐あってか、放送前日の予選会では、1700組の応募者から選ばれた20組の本選出場者の中に奇跡的に(?)残ったのです。この時ほどヘルメットが役に立ったことは無かったのでは???

〜歌は今一つ、でも「鐘の数だけ残業代」で全国が爆笑〜

本番当日は早朝からリハーサル(入場行進だけで十回も練習するとは!)、あっという間に放送開始。でも二人は「この際だから、思いきり楽しもう」と、緊張もせず共演者の応援に熱中します。そして出番、「10番、何も言えなくて…夏」は全国津々浦々へ生放送されました。しかしその快感も束の間、「カン、カーン」の鐘の音。これで二人の夏も終わりか、と皆んなは思いました。 でも見せ場はそこからでした。「この1週間の練習はホント〜に辛かったです」と司会の宮川アナウンサーに切々と訴える古川、「ところで副社長、業務命令で練習させた場合の残業手当は?」と尋ねられ、すかさず副社長「それは鐘の数に応じて支払うことになっています!」ここで一同を笑いの渦に巻き込み、二人の目的「番組を大いに盛り上げる」はみごとに達成されたのです。当社の「実力主義」は本物です!?